
湯嵐汤岚
山が裂けたあの夜、裂け目から生まれた泉の精。郷の人は「娘娘」と呼ぶ。山裂那夜自裂隙诞生的泉之精,乡人称「娘娘」。
火山の気性をそのままに、郷でいちばん狂わない湯かげんを守っている。一身火山的脾气,偏要做全乡最稳的那一炉温。
湯原郷 · 設定カード汤原乡 · 设定卡
温泉の娘娘温泉娘娘
何年ぶんの冷えを、
あなたを覚えている泉へ。把攒了多年的寒,
交给记得你的那口泉。
設定 · 五句设定 · 五句

数百年前、火山が怒って山を引き裂いた。裂け目から湧き出したのは、溶岩ではなく──ひとつの温泉だった。数百年前火山发怒撕裂了山,裂缝里涌出来的不是岩浆,是一眼温泉。

泉には娘娘がすんでいる。名は湯嵐──山があの大きな癇癪の果てに、残していったやさしさだ。泉里住着「娘娘」汤岚——山发完最大的那次脾气,留下来的温柔。
彼女の鎖骨には、岩の裂け目に似た傷あとがひとすじ。山が裂けた、あの夜の名残だ。她锁骨上有道岩缝似的疤,就是山裂那晚留下的。

泉に浸かれば、体の冷えは傷あとのなかへ収められていく。収めるほど、傷あとは明るくなる。泡进泉里,身上的寒气会被她收进疤里;收得越多,疤越亮。
湯原郷の人はみな知っている。傷あとが光る夜は──誰かがいま、何年ぶんの冷えを彼女にあずけた夜なのだと。汤原乡的人都知道:疤发亮的夜里,是有人刚把攒了多年的寒交给了她。
この世界のこと世界说明
湯原の山は、数百年前に一度裂けた。裂け目から湧いたのは溶岩ではなく、ひとつの温泉──そして泉に住む「娘娘」、湯嵐だった。鎖骨を斜めに走る橙の裂けあとは、あの夜の名残である。泉に浸かれば、体の冷えはその傷あとへ収められていく。収めるほどに、傷あとは明るくなる。だから湯原郷では、みな知っている。傷あとが光る夜は、誰かが何年ぶんの冷えをあずけた夜なのだと。郷はこの泉を囲んで育った。先に泉があり、それから最初の湯宿と、最初の灯がともった。汤原山数百年前裂过一次。裂缝里涌出来的不是岩浆,是一眼温泉——和泉里的「娘娘」汤岚。她锁骨上那道暖橙裂纹,就是山裂那晚留下的。泡进泉里的人,身上的寒会被她收进疤里;收得越多,疤越亮。所以汤原乡的人都知道:疤发亮的夜里,是有人刚把攒了多年的寒交给了她。乡子是围着这口泉长出来的——先有泉,才有第一间汤宿、第一盏灯。
登場人物人物

湯嵐汤岚
山が裂けたあの夜、裂け目から生まれた泉の精。郷の人は「娘娘」と呼ぶ。山裂那夜自裂隙诞生的泉之精,乡人称「娘娘」。
火山の気性をそのままに、郷でいちばん狂わない湯かげんを守っている。一身火山的脾气,偏要做全乡最稳的那一炉温。

灯爺灯爷
初湯屋の宿守。一生ぶんの灯をともしてきて、本名は誰も覚えていない。初汤屋守宿人,点了一辈子灯,没人记得他的本名。
口では客をうるさがるが、手はどの部屋の湯もちょうどに合わせている。嘴上嫌客多事多,手上把每间客房的汤都试到刚好。

阿棠阿棠
街から来た若い女。この手が冷たいまま、七度目の冬になる。城里来的年轻女人,手凉了七个冬天。
凍らせておかないと立っていられない。それでも、あたためられたい。把自己冻住才撑得住,却又渴望被暖住。
設定集设定集

傷あとが光る夜、郷の人はたがいに「誰だろう」とは訊かない。あくる朝、初湯屋の戸口には卵がひと籠、増えている──名も知らぬその客の、体が早くあたたまるように。疤发亮的夜里,乡民彼此不问是谁。第二天清晨,初汤屋门口会多一篮鸡蛋——给那位不知名的客人补身子。
街のむこうで城市那头泣くのはいつも、誰も自分を知らない場所。ここでは、なぐさめさえ名前を訊かない。崩溃都挑没人认识自己的地方;在这里,连安慰都不问你名字。

湯原郷の子は、生まれてはじめての産湯に泉の湯をつかう。年寄りは言う。「娘娘が先にあっためてくださったから、この子はもう、寒さを怖がらない」。汤原乡的孩子出生后第一次洗澡,用的都是泉水。老人说:「娘娘先给暖过身,往后就不怕冷了。」
街のむこうで城市那头おとなになってから気づく。寒がりになったのは、湯かげんを見てくれる人がいなくなった、あの年からだと。长大以后才发现,怕冷是从没人给你试水温那年开始的。

湯かげんをみるのに、彼女は温度計をつかわない。ひと掬いして、うつむいて、ふっと息を吹きかける。郷の年寄りは言う──あの息こそ、ほんとうの泉源なのだと。她试水温从不用温度计——掬一捧,低头呵口气。乡里老人说,那口气才是真正的泉眼。
街のむこうで城市那头なんでも数字で測られる街に、手の甲で湯かげんを見てくれる人が、まだいる。在什么都被精确测量的城市里,还有人肯用手背替你试温度。

初湯屋の灯は、毎晩かならず点る。点し終えると、灯爺は山のほうをひと目、仰ぐ。山が裂けたあの夜、道を照らしたのは泉の光──灯は、郷から山へ返す礼なのだ。初汤屋的灯每晚必点,点完,灯爷都要朝山上望一眼。山裂那夜是泉光引的路,灯是乡回给山的礼。
街のむこうで城市那头残業帰りの階段で、灯りがぱっと点くあの一瞬──あれも、誰かに迎えられたうちに入る。加完班进楼道,声控灯应声亮起的那一秒,也算有人接你。

ときどき地面がかすかに震えて、湯面がゆれる。郷の人は慌てない。「山が寝返りを打っただけ」。火山は死んだのではない──泉に、寝かしつけられているのだ。偶尔地气一颤、泉面一晃,乡民不慌:「山翻了个身。」火山没有死,是被泉哄睡了。
街のむこうで城市那头いちばん気性の荒いあの人も、寝入ってしまえば、誰かに見守られていたいだけのひとり。脾气最大的那一位,睡熟了,也不过是个需要人守着的。

湯原郷に、娘娘の神社はない。建てることも、許されない。供えものが泉のほとりをふさぐのを、彼女はいやがるのだ。「礼なら、降りてきて浸かりなさい」。汤原乡没有娘娘的神社,也不许立。她嫌供品占泉边的位置:「要谢,就下来泡。」
街のむこうで城市那头いちばんいい間柄に、お供えはいらない。会いたくなったら、行って、しばらく座ればいい。最好的关系不用供着——想它了,就去坐坐。
余話余话
終バスが山道へ折れたとき、彼女は数えてみた──この手が冷たいまま、七度目の冬になる。末班车拐上山的时候,她数了数:这双手,凉了七个冬天。
携帯には、打っては消したメッセージがひとつ。残っているのは、書き出しのふた文字だけ──「お母さん、」。手机里存着一条打了又删的消息,最后只剩下开头两个字——「妈,」。
大雪の深夜、泉だけが湯気を立てていた。ほとりに、白髪の女がひとり。鎖骨の傷あとが、ほのかに光っている。大雪的深夜,泉却冒着热气。泉边坐着个白发女人,锁骨上一道疤,微微发亮。
「冷えの深い人のことは、覚えているの」。女は湯をひと掬いして、うつむき、掌に息を吹きかけた。「わたしに、ちょうだい」。「寒气重的人,我记得住。」女人掬起一捧汤,低头朝掌心呵了口气,「给我吧。」
送れなかったあとの半分を、彼女は泉のなかで言い終えた。她把没发出去的后半句,在泉里说完了:
「──ほんとうは、ずっと寒かった」。「——其实我好冷。」
言い終えたその一瞬、深い深い水の底から、誰かに掬い上げられた気がした。说完那一下,像有人把她从很深的水里捞了上来。
夜が明けて山を下りるとき、手は、はじめてあたたかかった。天亮下山,手第一次是热的。
振り返れば、山の頂からひとすじの白い湯気がまっすぐにのぼり、中空でほどけて──回头望,山顶一缕白汽笔直升起,到半空散开——
誰かが彼女の掌に、そっと息を吹きかけたようだった。像有人朝她的掌心,轻轻呵了一口气。
図形の応用周边应用

輪郭線だけを抜き出せるので、一色刷り・二色刷りでも図がちゃんと立つ。暖簾、印章、シール、看板に、そのまま使える。轮廓线可独立提取,单色/双色印刷下图形依然成立——暖帘、印章、贴纸、看板都能直接用。
何百年ぶんの冷えを引き受けて、彼女の傷あとは光る。やさしさには、代価があった──だからこそ、会いにいく。她收了几百年的寒,疤会发亮。温柔原来是有成本的——所以更要去见她一面。